平尾アウリ『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(RYU COMICS)は徳間書店『月刊COMICリュウ』誌上で2015年8月号より連載されている漫画です。地下アイドルとオタクが題材の、けれど露悪的でなく、暖かみに溢れている作品です。

岡山県で活動するマイナー地下アイドルグループ「ChamJam」。そのグループのなかでも人気最下位メンバーの”舞菜(まいな)”を全身全霊で応援する、古参にして唯一の熱狂的舞菜オタ、”えりぴよ”さんの型破りなドルヲタ活動を描いた作品。

自らの推しに収入の”すべて”を貢ぐため、己の衣服はジャージただひとつという傑物のえりぴよさんと、可愛らしいけれど内気で、シャイで人見知りで、うまく人気がでない舞菜のここにしかない関係性が描かれています。

あらすじ

この作品の舞台は大都会岡山県。マイナー地下アイドルグループ「ChamJam」に在籍している、内気で人見知りなメンバー、舞菜。ステージで一生懸命頑張っている彼女を偶然見つけて、一目惚れしてしまったえりぴよさん。

“アイドルはみんなキラキラしてるもんだと思ってた”というえりぴよさんでしたが、この日舞菜と出会ってしまったことで、彼女の人生は大きく揺らいでいくことになるのです。えりぴよさんの人生を捧げてしまうほどに。

作中で描かれる、舞菜と「ChamJam」のメンバーたちのアイドル活動と、それに対するえりぴよさんとオタク仲間のドルヲタ活動。個性あふれる登場人物たちが思い思いに生きている姿がとても魅力的な作品となっています。

感想

破天荒でエキセントリックな女オタ・えりぴよさん

「Cham Jam」メンバーの市井舞菜を身を尽くして応援するえりぴよさん。第一話での「舞菜は私がいなくても何も思わないだろうけど 私の人生には舞菜の一分一秒が必要なんです!!」というえりぴよさんの発言からも、彼女の尋常ではない舞菜への入れ込みようを伺い知ることができます。また、この発言で大事なのは、”舞菜は私がいなくても何も思わないだろうけど”という部分です。舞菜への見返りを求めない献身、それがえりぴよさんのドルヲタ活動なのです。

けどきっと、舞菜からのレス(反応)がきたら滅茶苦茶嬉しいのがまたオタクって感じですが。そういうもんですよね。舞菜が可愛すぎるだけで鼻血を噴き出し、オタクの間でさらに伝説をつくってしまったえりぴよさん。舞菜のTO(トップオタ:他の追随を許さないぶっちぎりのオタク)がそんなんだから舞菜のオタクが増えないのでは……?と誰しもが思ってしまいます。要するに。えりぴよさんはそれ程までに舞菜に人生を捧げているのです。

そんなえりぴよさんですが、その強くエキセントリックな活動から、周囲のオタクから一目置かれる(むしろ引かれている)状況です。でもそんな彼女にも、”くまさ”さんと”基”さんという二人の頼もしいオタク仲間がいます。えりぴよさんと同じく古参のくまささんは、「Cham Jam」不動のセンター”五十嵐れお”推し。この二人のあいだには「Cham Jam」結成前からの因縁があるようで……そこにも注目していきたいですね。

舞菜と「Chat Jam」の仲間たち

地下アイドルグループ「Cham Jam」には現在のところメンバーが7人在籍しており、どの娘もとても魅力的な個性をもっています。メンバーカラーがピンク、「Cham Jam」のリーダー・大黒柱であり、不動のセンターでもある五十嵐れお(れお)。メンカラーはブルー、その色のイメージ通り、クールでしっかりしている松山空音(そらね)。イエロー担当で、ちょっとセクシーお姉さん、皆のこともっと勉強させてね伯方眞紀(まき)。

ホワイト担当で空気が読めない(読まない)、自由に振る舞うところが魅力の寺本優佳(ゆうか)。カラーはグリーン、グループ内で妹の立ち位置をしたいがままにしている横田文(あや)。メンカラーはパープル、髪の色が明るくおっとりしている水守ゆめ莉(ゆめり)。そして、メンバーカラーがサーモンピンク(リーダーもピンクなのに……)で、内気でシャイで控えめで、えりぴよさんに推されている市井舞菜(まいな)、この7人です。

ドバーっとメンバーを列挙してしまいました。れおに関しては、先述したとおり、くまささんとの何某かの因縁があるようで、アイドルとオタクという関係ながらも、ただならぬものを感じてしまいます。れおだけでなく他のメンバーに関しても、それぞれ思い思いにアイドルをしていることが描かれます。そのおかげで、メンバー一人ひとりに愛着が湧き、好きになることができるのです。もちろん、なかでも舞菜が一番濃く描かれていますが。

随所にみられる”あるある”と夢

この作品ではアイドル現場での色々なあるあるネタが随所に仕込まれていて、それもまた魅力です。たとえば第一話でのくまささんと基さんの会話での「ほんとやめてほしいですよねランダム商法」という発言。推しのアイドルのブロマイドを全て集めたいけれど、5枚セットでランダム封入のため自引きできず、交換して推しのブロマイドを集めるというシーンなのですが、すごいあるあるだなあ、と感じました。ツイッター等でも交換垢とかありますよね。

そしてその推しのブロマイドを一人で全部集めきったことで格の違いを描写されるのがえりぴよさんなのです。構成がうまい。そんなオタクのあるあるがふんだんに描かれていますが、それが決して露悪的ではないのです。あーこういうことあるよね、とアイドル現場を知っている人は受け取れますし、よく知らなくても、へーそうなんだ!と新しい世界をみるようで、きっと楽しいと思います。それがこの作品の一つの魅力となっているのです。

この作品ではそれぞれの「Cham Jam」メンバーの魅力が、普段オタク達が目にするアイドル的な”表側の部分”と楽屋や控室でメンバーだけに見せる”裏側の部分”の両面から、あますこと無く描かれています。その描き方がとても暖かいまなざしに満ち溢れていて、こんな人たち素敵だなあ、と夢をみれてしまう。そんな作品になっているのです。アイドルとして推していくことも可能ですし、作品で描かれる一人の人間として、好きになることも可能なのです。

まとめ

『推しが武道館いってくれたら死ぬ』というちょっと物騒な(人が死ぬの!?)と思ってしまうタイトルですが、その内容はアイドルとオタクたちへの暖かなまなざしに満ちた、心地の良い夢を見させてくれる、そんな作品です。推しへの愛の結果、エキセントリックな行動をするえりぴよさんと、内気でシャイな舞菜。オタクとアイドルという関係の上に成立している二人の関係性はこれからどのように進展していくのか、とても先が気になってしまいます。

えりぴよさんの舞菜への思いはまさしく『推しが武道館いってくれたら死ぬ』というタイトルに名前負けしない力強さです。彼女が舞菜のために繰り広げる破天荒な行動も、まあえりぴよさんならそれぐらいするよな……という受け止めかたになってくるのです。そしてそんなえりぴよさんに、塩対応をしてしまう舞菜。けれど彼女もえりぴよさんのことを好意的に思っている……そんな、もどかしくて甘酸っぱい関係性が構築されているのです。

もちろんえりぴよさんと舞菜だけではなく、他の登場人物たち、アイドルとアイドル、オタクとオタク、オタクとアイドル…とそれぞれの立ち位置に基づいて魅力的な関係性が描かれます。その描写がこの作品の魅力となっています。あと絵柄がとても可愛い。……まだまだ「Chat Jam」のメンバーとオタクたちの物語ははじまったばかり、これからどこまで連れて行ってくれるのでしょうか。武道館にたどり着く日は来るのでしょうか?楽しみですね。

オススメ度
★★★★★★★★★★ ★10