世の中には様々な性癖がありますが、中でもメジャーなものがサディズムとマゾヒズムです。気軽な心理テストでもSかMかを判断するようなものさえあり、どことなく市民権を得ている性癖だったりします。そんなSMという性癖をメインに据えたのがこの漫画『えむの王国』です。

といっても深刻にSMの世界を描いたわけではなく、ライトなギャグ漫画として描いているため気軽に読むことが出来ます。というかむしろギャグの材料としてSMという要素を使っている形です。SMに内包されているある種の滑稽さはギャグ漫画の題材として適しているのでしょう。

また、作者の力量を感じさせるテンポの良さも魅力的です。4コマ漫画形式なのですが、1話を通してストーリーがまとまっていますし、次の4コマへと流れるようにストーリーが進むのも読んでいて心地良くなるでしょう。

あらすじ

辺境に存在するカスティーナ王国では王女シャルロットの祝典が開催されようとしていました。王女が10歳になったのでそれを記念して御祝いをするわけです。そこでシャルロットは国民の前でスピーチをすることになります。

用意された原稿を支持されるままに読むシャルロットは国民の前で「私の前で『えむ行為』を解禁とする!!」と宣言してしまいます。そうです、それまで王女には隠していたのですがカスティーナ王国の国民は約8割がマゾヒストだったのです。

任務を終えた者が褒美に所望するのは「姫さまのおみ足で私めの粗チ★」をケリ上げることだったり、じいやがメイドを縄で縛ったり、メイドはメイドで自ら袋詰めになり姫さまの枕になろうとします。唯一の常識人であるシャルロット姫は果たしてツッコミ切れるのか…。

感想

国民の8割がマゾ!まともな王女の鉄拳も喜びに変わる…

本書はノーマルなシャルロット姫がツッコミ役、周囲の変人奇人たちがボケ役として話が進んでいきます。執事のシェーンは一見まともなじいやに見えますが気が付くと縄で自らを縛っていますし、メイドのシンシアも吊り上げられてうっとりするような変態達です。もちろんそうした連中の「えむ行為」に対してシャルロット姫は怒り鉄拳をおみまいするのですが、殴られることはマゾにとって至上の喜び、彼らに罰を与えることは原理的に不可能と言えるでしょう。

そんなツッコミを入れてもボケ返されるという連鎖がこの漫画の醍醐味となります。掛け合いがどんどん重ねられてもなお勢いを止めないマゾの底力を見せ付けられるようです。本作では開始早々、カスティーナ王国の本城であるセントラル城でクーデターが起こり同城は隣国ダラス帝国の支配下に落ちます。ダラス帝国は通称「えすの国」と呼ばれているサディズムな国民性があり、そこから侵略をされた場合を考えただけで王様達はうっとりしてしまうのです。

というかダラス帝国でクーデターが起こったのも12歳のメディアという麗しい王女が当主となったからという話もあり、国民上げて幼女にいじめられたかったのではという疑いもあるほどです。実際にクーデターによりえすの王国に寝返った大臣達はメディアにいじめられて恍惚とした表情を浮かべています。それからクーデターを支援していた疑いのあるダラス帝国領にはスパイとしてシャルロットの兄であるアレン一行が潜入しマゾっぷりを遺憾なく発揮しているのです。本書ではこれら三組の視点によりストーリーが展開していきます。

マゾ縛りにより限定的となった世界

本書はタイトル『えむの王国』を見ても分かるように、マゾヒストを中心としたSMという要素を中心に据えた漫画です。そのためどうしてもあらゆる点においてマゾ要素が含まれて居ます。いや、むしろ含まれなければならない宿命にあると言えるでしょう。そのためマゾから離れられないというある意味マゾい設定となっている訳です。そのため世界は限定的になり、どうしてもマゾ的世界から逃れることができません。この点は作品世界を豊かに構築する上で難しい要素と言えるでしょう。

ですがマゾ縛りがあるからこそ作品世界には統一性が生まれ、ストーリー展開もしやすいという側面もあります。限定的な世界であるからこそ構築できる世界観というものもあるわけです。これを「狭い世界」と言うか「深い世界」と言うかは読者に委ねられています。どうしてもマゾ要素が含まれるため、そこに着目すると「バリエーションが少ない」と捉えられるかもしれません。ですが正直なところ話の構成はしっかりしていてバリエーションも豊富です。

マゾという要素を中心として据えることは作品を展開する上できつい縛りとはなりますが、本書では様々な工夫がなされています。先述したようにシャルロット、アレン、メディアという3つの視点もありますし、それに伴うサブキャラ達も活躍する場面もあるのです。本作は単純な世界観のように見えて豊かな作品になるよう随所に工夫が凝らされています。またそもそも1話完結の4コマ漫画としての完成度が高いのです。題材はイロモノのように思われるかもしれませんが、それを成立させるために高い構成力が発揮されている作品と言えるでしょう。

マゾだけじゃない色々な魅力も含まれている

本巻のラスト付近でその名前が明らかになるシャルロットのメイドの1人ミーシャ!めっちゃかわいいです。まずそのショートカットに貧乳と言うフォルムに紳士諸氏はやられてしまうのですが、内面も良い。彼女はとある事情を抱えているのですが、その事情と葛藤する彼女もたまりません。戸惑っている表情も実に宜しい。意外な彼女の正体が明らかになる場面で読者はトキメクはずです。ショートカットなロリが存在するだけで活力が湧いてくる方にとってありがたいキャラクターとなっています。

それから本書の話の構成はやはり見事です。4コマ漫画というと隣り合う漫画で関連性の無い展開が繰り広げられることも珍しく無いのですが、本作では基本的にストーリーが展開するように次の4コマへと話の流れがつなげられています。しかも4コマ目にはきちんとオチがついているのです。この点からみても本作が通常のキャラ萌え漫画では無いことが分かります。話ごとにテーマがあり、最初の4コマから最後の4コマへとストーリーが流れる様は非常に快適な作りと言えるでしょう。

また、キャラクターの設定に深みがあるのも良い点です。漫画としての面白さを優先する作品の場合、キャラクターはあくまで漫画を描くための装置として機能するわけで深みはあまり必要とされないのですが、本作ではきちんとキャラクターを掘り下げています。ミーシャの葛藤しかり、ダラス帝国の王女メディアが兄を焦がれている様子、じわりじわりと芽生えるシャルロットの側近メイドであるシンシアの百合心…などなど、本作の登場人物の心情が豊かに描かれているのです。

まとめ

『えむの王国』はマゾヒストを中心に描かれた作品ですが、マゾヒストに思い入れが無い方でも楽しんで読める漫画です。あくまでギャグの題材としてマゾを描いているだけなのでむしろシリアスにマゾヒストについて考えている方に向けたものではないかもしれません。あくまで楽しい4コマ漫画なので興味が湧いた方は読んでみて下さい。マゾ縛りという題材に挑んだ意欲的な作品でありながら快適に読み進めることができる高度な作りとなっています。

キャラクターとしてはミーシャが最もかわいいのですが、他にもアレンの従者として剣士のグラディウスと僧侶のルーシィという魅力的な少女達も登場します。グラディウスは通称グラちゃんと呼ばれる口数の少ない女の子なのですが、一旦キレると見境無く暴力を振るったりする危険人物です。ルーシィはアレン一行のお世話役的な立場で、アレンのことが好きな素振りも見せたりします。そこにボインなお姉さんの盗賊メイスが加入したりするのですが、この中ではルーシィが凄くかわいいです。

舞台設定にマゾ、キャラクターにはかわいい女の子、さらにレベルの高い構成力、という要素を掛け合わせて生まれたのが本作『えむの王国』です。発売から結構な時間が経過しましたが現在でもその面白さは十分に感じることができるでしょう。マゾには何をやってもご褒美にしかならないというシャルロットの諦観やサドなメディアによる辛らつな責め苦、そしていつも苦痛に飢えている登場人物達は本作でしか見ることができません。賑やかで楽しい作品です。

オススメ度
★★★★★★★★★☆ ★9

記事担当:くもすい