水上悟志短編集「放浪世界」 (BLADE COMICS)

『水上悟志短編集「放浪世界」 』を購入したきっかけは、水上悟志先生のファンだからです。連載デビュー作の単行本や各短編集も保有しています。

水上悟志先生の作品群に共通してるのは、独特の死生観です。どんな人間でも死ぬときは死ぬ、生きる時は生きるという徹底した哲学があり、死線を超えた先の希望や絶望がミックスされているのが特徴です。

生死が入り混じるからこそそれぞれのキャラクターの感情に共感する部分が誕生し、歪んだ価値観に引かれる奇妙さがあります。「放浪世界」も水上悟志作品らしい幅広いジャンルが収録された作品集になっています。

あらすじ

団地の外には虚無が広がっている。とある団地に住んでいる少年ユウはごく普通の少年です。しかし、その団地は巨大ロボットの頭部に作られた団地であり、巨大ロボットは宇宙の中を彷徨っています。

団地の生活が当たり前であるユウは何も疑問を感じずに生きています。しかし、ある祭りの日に姉から聞かされたサロという団地妖怪にさらわれてしまい、なぜ自分たちが宇宙を彷徨っているのかを知ってしまうのです。

衝撃的な事実を知ったユウは、団地に戻って平和な生活を取り戻すことを拒み、世界を維持するための戦いに身を投じることになります。そして、戦いの果てに新たな始まりを目撃することになるのです。(虚無をゆく)

感想

どのように展開していくのかわからないストーリーが魅力

「放浪世界」の特徴は、宇宙人や異形の存在、妖怪などが日常生活に溶け込んでいることです。ビジュアルで邪悪な存在なのか善良な存在なのかわからないため、どのように話が展開するか予測がつかない面白さがあります。

男子が大好きな巨大ロボットや巨大怪獣なども頻繁に出てきます。ポイントは怪獣を食べて資源として利用するシーンなども組み込まれていることです。食って食われての食物連鎖に人間も組み込まれていて、例外となる存在がほぼいないのです。

もちろん食料としてではなく、純粋な脅威として扱う作品もあります。ただし、見た目で脅威かどうかもわからないため、やはり先が読めないのです。すべてが裏と表、生死でつながっている感覚は独特で、中毒的なファンを作る要素になっています。

守るものがあるからこそ強くて脆い『おねいちゃん』

「放浪世界」で特に目を引くヒロインが表紙にもなっている『おねいちゃん』です。短編の一つとして収録されている『虚無をゆく』に登場するユウの姉にあたります。ホットパンツにニーソックスにメガネとマニアの需要をとことん押してくる外見をしていて、健康的な色気が漂うキャラクターになっています。

健康的な魅力があるだけでなくユウを守るために様々な努力を重ねているのもポイントです。ユウがサロにさらわれそうになった時は超人的な戦闘力を駆使して大立ち回りを演じます。しかし、サロの攻撃によりある秘密がユウにばれてしまい、完全に動きが止まったときを攻撃されるなどピンチを迎えてしまいます。

身体能力の強さと意志の強さが魅力の彼女ですが、ユウを守るためにどうしても秘密にしておきたいことがありました。しかし、それを暴かれたときの彼女は余りに脆く、それがユウの心を突き刺すトラウマになります。互いに心に傷が残るからこそ、再開シーンがより印象に残るのもポイントです。

妖怪は食べ物という発想に脱帽させられる

「放浪世界」の中でもとりわけ異色の作品になっているのが『エニグマバイキング』です。主人公はみやこと陣道という二人組みです。陣道は『闇喰い』を生業としていて、なんと妖怪を退治して食べる仕事をしています。妖怪はゲテモノ好きの好事家にはたまらない食材のため、高級な食料として売りながら生活しているのです。

ポイントは、調理された妖怪が本当に美味しそうに見えることです。ただし、毒をもった妖怪もいるため食べること自体が命がけです。そのため、毒見役として人買いから買われたのがみやこであり、陣道は死んでもいい人間としてみやこを扱っているのです。

一方で、みやこは口減らしのために売られた人間であり、どんな形であれ食べ物を食べさせてくれる陣道を慕っています。このねじれた関係を短編の中にうまく組み込みつつ、しっかりとしたストーリーにまとめられているのが『エニグマバイキング』です。奇妙な関係の中にお互いの信頼があるのがまた面白いのです。

まとめ

「放浪世界」は水上節全開の作品集でした。素晴らしいのは生死や絶望と希望が入り混じる世界を描きながら、いつも希望を残した上で作品が終わることです例外的な作品もありますが、最終的に命の尊さや希望が残るのが水上作品の特徴でもあるのです。

今回も絶望的な状況に置かれながら終盤で丸ごと話がひっくり返るような短編がいくつか織り交ぜられています。中には人とは異なる価値観や考えとどう折り合いをつけていくのかを問う作品もありますが、後味が良いものが中心になっています。

ラストの後味が良くても、もしも……というifを考えてしまうと怖くなることがあるのもポイントです。想像を広げてくれる作品が多く、だからこそ考えさせられてしまう部分があります。良い意味で固定観念を壊してくれるのが特徴になっているため、予想を裏切られる楽しさを味わいたい人におすすめです。

オススメ度:★★★★★★★★★★ ★10

月10冊程度、年間100冊超の漫画を読むフリーライター。非定期で友人と百合漫画を語る会を開きますが、ジャンルは不問で何でも読みます。